戸田茂睡関連エントリー

坂道散歩(文京区-4)

... 戸田茂睡(江戸時代前期の歌学者)の庵の前に大きな山梨の木があった。??菊なし坂と呼ばれていたのがてんじた。などの説がある。『ぶんきょうの坂道』 炭団坂 本郷4-32と4-35の間を南に上る。《 地図 》 ??たどんなどを商う者が多くいた。 ...

坂道散歩(文京区-4)

0623鐘ヶ渕 丹頂の池 綾瀬川

『江戸名所図会』巻之七 揺光之部 キャプション 『鳥の跡』 あやせ川にて 錦ぞとみるやこころのあやせ川 うつるもみぢをあいかで折りなむ 戸田茂睡 『鬼平犯科帳』に登場 [4-4 血闘]p144 新装p150 [17-7別れ道]p272 新装p281

0623鐘ヶ渕 丹頂の池 綾瀬川

羽田空港夜景

... 御茶ノ水女子大関係の資料の中に昔の映世神社があり、また戸田茂睡の仕官した本多藩邸内に建てられた「本郷館」がT2~6頃の間「東京女子高等師範学校・第二寄宿舎」として使用されていたようで「下宿屋の実証研究」中にも触れてあり ...

羽田空港夜景

浅草・吉原散歩 その1 浅草 「待乳山聖天」(まつちやまし ...

... 江戸時代初期の歌人、戸田茂睡 の歌碑 (「あはれとは夕越えてゆく人もみよ まつち(待乳)の山に残すこと(言)の葉」) ご本尊は聖天さま(大聖 歓喜天)。 二股大根と巾着を組み合わせた紋が使われています。 ...

浅草・吉原散歩 その1 浅草 「待乳山聖天」(まつちやまし ...

たくさんの碑が集められている浅草寺新奥山

... 福地桜痴居士紀功の碑、浅草観光纉緒の碑、石井漠記念碑、映画弁士塚、曽我廼家五九郎顕彰碑、永生の壁、半七塚の碑、戸田茂睡の寿碑、「力石」熊遊の碑、算子塚の碑、三十六歌人の碑、五瀬・植松氏明数の碑、三匠の句碑 ...

たくさんの碑が集められている浅草寺新奥山

戸田茂睡とは?

戸田茂睡(とだもすい、寛永6年5月19日 (旧暦) 5月19日(1629年7月9日) - 宝永3年4月14日 (旧暦) 4月14日(1706年5月25日))は、江戸時代前期の歌学者。父は徳川忠長の付人渡辺忠で、駿府城内で生れた。下野国羽黒で過ごし、その後江戸に出て戸田氏の養子となる。名は恭光。通称は茂右衛門。号は遺佚軒・不求橋・梨本など。
三河国岡崎藩本多家に仕えた後、浅草や本郷に隠棲し、余生は風雅をともとした。古典の研究を行い、公家の間にに伝えられた伝統的な歌学が、秘事口伝を主とし、師の歌説に門弟が盲従することに反対して歌学の革新を主張した。下河辺長流や契沖とともに国学の先駆となる。

戸田茂睡の詳細